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お勤め。

 ただただ、筆者が面倒臭がっているゆえに、その出典を示せないのは申し訳ありませんが、随分と前ある文章に出会って深く納得したことがあります。
 その文章とは、
 「人には誰しも、見た目の年齢と実年齢がぴったりはまる瞬間がある。」
 という趣旨のものでした。

 その文章によると、例えば『2歳顔』の人は、実年齢2歳のときに『誰が見ても2歳』と見られて、それ以後の人生では、実年齢より若く見られ続ける、のだそうです。なぜなら、『2歳という年齢にぴったりはまる顔』だからです。逆に、例えば『63歳顔』の人は、実年齢63歳までは老けて見られるんだけれど、63歳のときに『両者がぴったりはまる』ので、64歳からの人生では若くみられる、ということですね。もちろん、言うまでもないことですが、『2歳顔』と『63歳顔』との間に優劣や善悪がある、とかいうことではありません。両者が『ぴったりはまる』年齢は、ひとそれぞれであり、人によって結構な『時間差』がある、ということです。
 なんだって、僕がその言い分に大きく頷いたかというと、他でもない僕の実体験が説得力のある実例になったからです。
 おお、そうか、俺は『だいたいウン十ウン歳顔』だったんだ!と上述の文章を読んで、ハタと膝を打ったのであります。

 あれは、確か、高校一年生の時のことです。
 僕は、ある平日の午後、学校から帰宅して散髪に行きました。
 何度か行ったことはあるけれど、顔馴染みにはほど遠い、といった主客の距離感の店です。
 鏡の前に座って希望の髪形について床屋さんと僕との間でビジネスライクな会話が終わったあと、床屋さんが、おそらく場をもたせようとしたのだと思いますが、-つまり『当たり障りのない世間話で客の機嫌をとろうとした』わけです。-、こう言い放ちました。

 「お客さん、今日はお勤めはどうされたんですか?」

 おつとめ?????

 散髪屋さんには、当時の僕が悪意も伴わずに『お勤め人年齢』に見えた、ということです。
 これは、すごいことです。
 なぜって、繰り返しますけど僕はそのとき、15,6歳です。そして高校生だから平日の午後などという時間帯に散髪屋に行かれたわけです。さらに、僕は極普通の高校生らしい髪型をお願いしたまでで、別に『パンチパーマ』とか『健太郎カット』みたようなものをお願いしたわけではありません。
 加えて、もっと深く考察すると、散髪屋さんは『自信を持って』僕を実年齢の倍くらいに捉えた、ということになります。なぜなら、もとより僕の機嫌をとろうとした発言であるうえに、そんな時間に髪を切りに来店しているにも関わらず、高校生は愚か『大学生にすら見えなかった』ということだからです。つまり『この客は、少なく見積もっても22、23歳ですらない』という確信が彼にはあった、ということと推測されます。
 そう考えていくと、おおよそ30歳くらいに見えた、と思われちゃうわけなんですね。
 重ねて驚くべきことです。実年齢の倍くらいの年齢に見えた、ということですから。
 
 長じて、大学を出て、就職し『本物のお勤め人』になりまだ日浅かりし、僕が20代半ばであったある夏の日のことです。
 その日、僕は、2,3度目の顔合わせになる、ある取引先の方々、部長の肩書きの方を含む複数人、僕、僕の先輩、と会社で商談をしていました。
 途中、その商談での我社側の主たる発言者である先輩が、席を外しました。
 「・・・・・・。」
 メインスピーカーを暫時失った席では、ほんの少しの間ですが、よくある『営業マンが蛇蝎の如く嫌う気まずい沈黙』が漂います。
 これは、いかんな、どうしたものかな、と思っていたら、そこは経験の差でしょうか、取り引先の部長さんが話題を振ってくれて重苦しい沈黙から逃れることができました。
 「御社は夏休みはいつですか?」
 うまいですねえ。簡単なことなんですけど、こういうことで咄嗟に重たい空気を払拭する、というのが若い頃はなかなかできないものです。
 さすが年の功です。
 「ああ、うちは、特に会社としては決まってないんです。夏の間にみんなばらばらにとります。御社はいつですか?」
 僕は、部長さんの会話にありがたくしがみついたうえに、実は全く興味なんてない相手の会社の夏休みの予定への質問の形ですぐさま言を返し、この会話の嚆矢を放ってくれた部長さんに、いぢましくも尻拭いまでさせようとしました。
 果たして、部長さんは、
 「ええと、うちはですね・・・」
 と返してくれます。
 「うちは、お盆を挟んで一週間休みです。みどりさんも、」
 『ただの時間潰しの会話』のはずが、これに続いた部長さんの発言で、このときのことは僕の記憶に長く留まることとなったのであります。
 即ち、部長さんは『全身全霊世間話の語勢』でこう言いました。
 
 「みどりさんも、お子さんが大きいから夏休みはたいへんでしょう?」

 ・・・。僕は当時20代半ば、子供はおろか、結婚すらしていませんでした。
 それなのに!!
 これも、先の床屋さんと同じく、かなり自信をもった発言の筈です。なぜって、20代半ば独身の人間で『お子さんが大きいからたいへんでしょう?と言われたらとても喜ばしい。』という人間は普通いないし、そもそもが『商談中の雑談』なわけですから、そういう状況で『ううん、この人は若く見えるけど、ひょっとしたらお子さんでもいるかも・・・、よし!ここはひとつ、かまをかけてやれ!』なんてリスクをとる必要もないからです。
 しかも、『ご家族は?』とかいう疑問文で、もなく、『お子さん、もう大きいんでしょ?』という付加疑問文、でもなく、『お子さんが大きいから』という断定形、で言われちゃったんですね。
 即ち、その時の僕は『子供が大きいと自信をもって断定しても失礼のない年齢顔』をしていた、ということです。ついでに言うと、年齢が相応でも、妻子持ち、とは限らないわけですから、その当時の僕は『妙な生活苦労臭』をも醸し出していた、ということになります。
 これは『確実性の高い高年齢顔』である、ということを示唆しています。ひょっとしたら、その部長さんは『この男は自分と同年代だろう』と確信していた、のかもしれません。
 僕も若かったので、相手に恥を欠かせないように適当に対応すればいいものを、その時は条件反射的に、
 「こども?僕、まだ独身ですよ!」
 と真っ向から否定し、先輩の中座によるその場の重い空気を取り繕う、というのが一番の目的として互いに積み上げてきた会話を台無しにしてしまい、さらに場の空気を隘路へと追い詰める、という愚挙を果たしました。

 ところが、最近は年とともに基礎代謝力が落ちて、醜く太ってきているにも関わらず、実年齢より数歳若く見られることが多くなりました。
 僕は、その、村上春樹さんのエッセイにあった、いや、違うな、中島らもさんのエッセイだったかな(すみません、先述したように探すことすらしない怠惰ゆえに、きちんと出典を言及できません。)、でいう『はまる年』を知らないうちに、通過していたようなんです。
 それが僕の場合は、今から思うと、上記の『お子さん大きいからたいへんでしょう発言』のかなり後、だったように思います。

 尚、この話は、あまりにも感心したので、あちこちでいろんな人に話したところ、その結果、少なからぬ人達に納得されただけではなく、中には『複数段階はまる年齢がある人』もいることが判明しています。
 つまり『若い頃は18歳顔だったので、少年時代は老けてみられて18歳以後は若く見られた、でもいつのまにか40歳顔になって、30代は再び老けてみられて、40歳以降は・・』なんて複雑に『はまった』という変種ですね。
 興味のある方は、御自分や周りの人で例証してみてください。もちろん、その時の出典は本ブログではなくて『村上春樹さんだったか、中島らもさんだったか、或いはひょっとしたら他の人だったかのエッセイに書いてあった話しらしいんだけど・・・・』でお願いします。

=== 終わり ===
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そうですね、そんな気もします。

中央線特快様 ありがとうございます。そうですね、ご指摘をいただいたら、僕もそんな気がしてきました。中島らもさんの『明るい悩み相談室』で読んだような気がします。やる気と暇があったら今度調べてみます。

No title

村上ではなく中島らもじゃね
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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